またパワハラ

昨日、頭を2回叩かれた。思いっきり。

42か43歳のブタゴリラみたいなオッサンに。



そいつ懸鳥やってるんだけど、この間、肉にならない小さいニワトリを鉄やコンクリートの角に何度も叩きつけて、ニワトリがボロボロになるまで、手羽の骨が剥き出しになるまで叩きつけて虐殺してた。

やめろよ!
とか
なんでそんな酷いことするんだよ!
とか
本当に人間かよ!?

とか抵抗しても


「こんなの気にしてたら仕事にならねーんだよ!」

って怒鳴って、

何の反省心もなく、今も何事もなかったかのような顔をしている。

イライラすると小さいニワトリを叩き殺す常習犯だというのは、他の人から聞いていた。





その日は、骨が剥き出しになって血だらけの死鶏を抱きながら、職場の隅で泣いた


暴力現場でしかなかった。

守ってやれなかった。





仕事だったら何をしてもチャラになるのか。



仕事だから仕事だから仕事だからって…

『仕事』って、罪を自覚しないための言い訳?





懸鳥中に、ブタゴリラが小さいニワトリの頭を叩きつけてそのまま死体置き場に投げ棄てたんだけど、
あとで見たら目から血が出ているだけで全然死んでいなくて、
放血担当の人に首を切ってもらおうと思ってニワトリを持っていこうとしたらブタゴリラにぶんどられてこんな状況になった。

私がすぐに脛椎脱臼してやれば良かったんだ。

もう、ブタゴリラにはニワトリを渡さない。


こんな状況では、脛椎脱臼はニワトリを守るための最大の武器になった。
ナイフは持たせてもらえないし。


今は毎日のようにニワトリを脛椎脱臼している。
熱湯に生きたまま入りそうなニワトリとか…。

一発で出来ずに長く苦しませてしまったときは心が重たくなる。



前の職場で脛椎脱臼を教わっていなかったら、今の職場ではどうなっていただろうか?

私に脛椎脱臼を教えてくれた御師匠様には本当に感謝している。
神様みたいな人だ。



現場で役立つ 鶏を守るための技を伝授してくれたのは、動物愛護を流暢に語る人ではなく、

若い頃から屠殺場でずっと働いてきた御爺さんだった。


その御爺さんがナイフでニワトリの首を切るところもとても手際が良いし、なにより人格が人間味に溢れていたので、
ニワトリの首を切るということの印象が変わった。

家禽獣医さんも、鋭利なナイフで頸動脈だけ一瞬で切るのが一番苦しまないと言っていた。


私も、本当は脛椎脱臼ではなくナイフで放血して逝かせてやりたい。

ナイフを持つなと言われているけれど、

最近も2羽、ナイフで頸動脈を切ったら、やはりこれが一番苦しまないと思った。
大きくて首が太いニワトリだとうまく脛椎脱臼出来ずに苦しませてしまうし。




今なら、採卵養鶏場でも淘汰鶏をあんなに苦しませずに自分の手で逝かせてやれただろうに。

場主が脛椎脱臼が可哀相だからといって、餌水与えず放置して殺したり、生きたままビニール袋に入れて放置して長時間苦しませて殺す方法を取っていたけれど、


『可哀相』っていうのはニワトリを思いやってのことではなくて、
ニワトリを自分の手で直接殺すことで罪悪感やショックを受ける自分自身が「可哀相」だと言いたいんだろうね?

















私は今の職場のブタゴリラに、以前からバカだのなんだの言われたり乱暴な態度を取られたりしている。


他の人はそんなことしてこないし、
ブタゴリラも私にしかパワハラしてこないし、他の人にはヘラヘラしてる。




昨日は
鶏糞だらけで目ヤニのついた顔で
「お前を見てるとムカつくんだよ。イライラするんだよ。」

とか言われた。



「オマエほんとバカだな!」
って毎日のように怒鳴られる。




前の職場のパワハラおやじは色んな人をターゲットにして攻撃してたけど、
今回は私だけ。





昨日はとうとう頭を叩かれたから、パワハラで相談しよ。

ついでに動物虐待の相談もしたい。